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1945 (昭和20) |
三 菱 重 工 業 株 式 会 社 |
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10月 |
終戦処理のため、三菱重工業(株)名古屋航空機製作所に整理事務所が設立され、全ての生産活動が停止した |
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12月 |
みずしま号(三輪トラック)の設計、試作を開始 |
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1946 (昭和21) |
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8月 |
三菱重工業(株)、名古屋機器製作所を新設、スクーター試作完成 |
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6月 |
トラック用GB38機関完成 |
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12月 |
シルバーピジョンC10発売 |
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1947 (昭和22) |
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2月 |
三菱重工業(株)、本社に再建整備委員会を設置 |
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6月 |
GHQ、1,500cc以下の乗用車年間300台の製造許可 |
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1948 (昭和23) |
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11月 |
三菱重工業(株)菱和機器製作所、第一工作部(大江)内に自動車の修理部門を設立し、米極東軍の乗用車やトレーラのオーバーホールを開始した |
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1949 (昭和24) |
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2月 |
同上にて、ジープの鈑金部品の修理を手掛け、組織上「自動車修理部」とし体制の拡大を図った |
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10月 |
京都製作所にて4気筒ディーゼルKE5型初号機完成 |
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4月 |
NATO成立 GHQ、1ドル=360円の単一為替レートを設定指示 |
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1950 (昭和25) |
中 日 本 重 工 業 株 式 会 社 |
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1月 |
集中排除法により、東日本重工業(株)、西日本重工業(株)、中日本重工業(株)名古屋製作所などに3分割 |
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9月 |
東日本重工業(株)、カイザーフレーザー社とヘンリーJの日本での組み立て、販売契約締結(1951年1月に設立) |
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1951 (昭和26) |
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6月 |
警察予備隊よりジープの国産化について慫慂あり |
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1952 (昭和27) |
新 三 菱 重 工 業 株 式 会 社 |
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2月 |
ノックダウン生産によるジープ(J1)第1号車完成 |
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4月 |
ウイリスオーバーランドがウイリスモーターと改称 |
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9月 |
ウイリス社と、ジープを中心とする四輪駆動車に関する技術援助および販売契約を締結 |
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10月 |
ウイリス社へ、国産化技術調査のため技術者6氏(服部高尚、井上伝一郎、市村忠和、不破輝夫、坂崎勇、矢野勝)を派遣 |
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3月 |
シルバーピジョンC35型生産開始 |
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4月 |
三菱ふそう自動車、東日本カイザーフレーザーを吸収合併 |
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8月 |
水島製作所に総組み立てのコンベアシステム導入 |
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11月 |
京都製作所に戦後我が国初のトラスファマシン完成(かつら用クランクケース加工) |
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3月 |
道路運送車両法施行規則改正(軽二輪の規格250ccに拡大) |
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7月 |
朝鮮戦争休戦協定調印 |
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9月 |
独占禁止法改正、公布 |
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12月 |
この年、世界自動車生産台数年間1,000万台突破我が国のスクーター生産台数5万4,713台で世界第2位 |
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1954 (昭和29) |
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5月 |
菱和自動車販売(株)が発足 資本金5,000万円、三菱重工業(株)と倉敷フレーザーモータースの折半出資 |
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6月 |
新三菱重工業(株)名古屋製作所、第一工作部(服部高尚部長)の中に組立課(嶽利和課長)が創立されジープ生産を担当 |
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12月 |
JH4エンジン(原型H4ハリケーン)の完全国産化 |
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2月 |
ピジョンC-38型生産開始 |
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9月 |
ヘンリーJの生産打ち切りピジョンC-57型生産開始 |
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10月 |
みずしま号TM5型、TM6型発表 |
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7月 |
防衛庁設置、陸海空自衛隊発足 |
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9月 |
東南アジア条約機構(SEATO)成立 |
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